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秋ヒロト

中国の古典「荘子」の中に、車大工が王を笑う話があります。王は一生懸命に書物を読んでいるのですが、それは無駄だと言うんですね。何故かというと、車大工として必要な技術のあれこれはとても言葉では伝えられず、同じようにどんなにすぐれた事柄について書かれていても書物では伝えられないだろうからと。
禅宗でも、真理が月だとすると経典はそれをさす指のようなもの、いかに指すか(文章でどう書かれるか)は重要ではないとする、「不立文字(ふりゅうもんじ)」や「以心伝心(いしんでんしん)」という考えがあります。
現実の出来事で考えてみても、製品の使い方やゲームのプレイの仕方は、マニュアル(説明書)を読むよりも実際に試してみた方がはやい、理論よりも実践が有意義ということが多いだろうと思います。それでもぼくが理論に重きをおくのは、書物や学問・研究の持つ力を信じていたいからなのかも知れません。(2015.07.30)

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名無し
名無し
6 ヶ月 前

エ・シャロットの下り先生が授業で教えてたね。